大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)5139号 判決 1988年1月28日

原告

関根さやか

右法定理人親権者

関根実

関根佐和子

原告

関根佐和子

原告ら訴訟代理人弁護士

和泉征尚

被告

吹田市

右代表者市長

榎原一夫

右訴訟代理人弁護士

横清貴

主文

一  被告は、原告関根さやかに対し金二二万七四八一円及びこれに対する昭和六〇年一二月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告関根さやかのその余の請求及び原告関根佐和子の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その二を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告関根さやかに対し金一七一万七〇六七円、原告関根佐和子に対し金一三万円及び右各金員に対する昭和六〇年一二月一四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、学童保育所設置に関する条例を制定し、同条例に基づき吹田市立千里第一小学校内に学童保育所竹の子学級(以下、本件学級という)を設置し、その運営・管理に当たっていたものである。原告関根さやか(以下、原告さやかという)は、本件学級に入室していた児童であり、根来洋子(以下、根来という)ら本件学級の非常勤嘱託の指導員三名が、原告さやか他の児童の指導に当たっていた。

2  原告さやかは本件学級に入室している児童多数とともに、昭和六〇年四月五日、学童保育の一環として本件学級の根来ら三名の指導員に引率されて近くの公園に行き、同公園内で遊んでいたところ、五、六人乗りの大型ブランコ(以下、本件ブランコという)に激突され、右大腿骨骨折の傷害を負った。

3  原告さやかは本件事故当時小学新一年生(六歳)の幼少者であったから、学童保育所の指導員が同原告を含む多数の児童を引率して遊戯をさせるに当たっては、思慮・判断力の未熟な原告ら児童が事故に遭わないよう万全の注意を払って児童らを指導・監督すべき注意義務があるにもかかわらず、根来ら三名の指導員はその注意義務を怠り、本件事故を惹起した。すなわち、

(一) 本件事故を起したブランコは、五、六人乗りのいわゆるベンチ型の大型ブランコで、ブランコ後方から誰かが押さなければ動かないものであり、小学校低学年の児童が数人でこれを押す場合、一人一人が力の加減も知らず、また調子にも乗って押すため、ブランコはかなりの振幅をもち、また横揺れをすることもあり、さらに本件事故当日はブランコの下に水たまりができて足元も悪い状態にあった。かかる状態で原告のような小学校低学年の児童がブランコを押すことは、足元を取られてブランコとの激突を招き、大怪我をするであろうことは容易に予見し得るところであるから、このような場合、学童保育所の指導員としては、児童にブランコ遊びをさせるに当たって、一般的な口頭による注意を与えるのみでなく、児童が事故に遭わないよう万全の注意を払って指導・監督すべき義務があった。しかるに根来ら指導員三名はこれを怠り、児童らを放任して公園の中程で立ち話をしていた過失により、原告さやかに右ブランコが激突するという本件事故が生じたのである。

(二) 仮に、被告主張のとおり、根来指導員が本件ブランコの傍に立ち、児童を交替でブランコに乗せ、きちんと座っているか、手摺などにつかまっているかといった安全確認をしていたにもかかわらず、原告さやかが同指導員の指示に従わずにブランコの後方に廻ったために本件事故が起ったものであるとしても、同指導員としては、ブランコを押させ始めるに当たって、ブランコの後方に幼少者が入り込んでいないかどうかを確認したうえで年長の児童に押す合図を与えるべき注意義務があるにもかかわらず、この注意義務を怠りブランコ後方に廻り込んでいた原告さやかに気付かずブランコを押す合図をした過失により、原告さやかに右ブランコが激突する本件事故が生じたのである。

4  原告らは本件事故によって次のとおりの損害を被った。

(一) 原告さやかの損害

右傷害のため同原告は昭和六〇年四月五日から同年六月二九日まで入院加療、翌三〇日から同年一〇月二三日まで通院加療(実通院日数七日)を余儀なくされ、次のとおりの損害を被った。

(1) 治療費 金二八八〇円(保険治療の自己負担額)

(2) 入院中雑費 金八万六〇〇〇円

入院一日につき金一〇〇〇円の割合で八六日間

(3) 入院付添費 金三一万八二〇〇円

入院一日につき金三七〇〇円の割合で八六日間

(4) 交通費 金八一〇〇円(入通院期間中に要したタクシー代)

(5) 通院付添費 金一万四〇〇〇円

(6) 慰藉料 金一四〇万円

入院約三か月間、通院約四か月間の慰籍料

以上合計金一八二万九一八〇円

(7) 損害の填補 金一一万二一一三円

本件事故による傷害の治療は健康保険を使ったが、その自己負担分は被告が負担したのに自己負担分に対する高額医療費還付金一一万二一一三円は同原告が受領したから、同金額は同原告の右損害から控除されることになる。

(二) 原告関根佐和子(以下、原告佐和子という)の損害

休業損害 金一三万円

原告佐和子は原告さやかの母であるが、原告さやかの入院期間中二六日間、その付添いのために勤務先の株式会社ジャパンコスモを休職し、そのため右金額の給与を受けられなかった。

5  よって、被告に対し、国家賠償法一条一項の損害賠償請求権又は民法七一五条一項の損害賠償請求権に基づいて、原告さやかは前記損害合計金一八二万九一八〇円から高額医療費還付金一一万二一一三円を控除した残金一七一万七〇六七円、原告佐和子は右損害金金一三万円の各支払及び右各金員に対する本件事故後である昭和六〇年一二月一四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告さやかが五、六人乗りの大型ブランコに激突されたこと自体は認め、事故の状況に関する事実は否認する。

3  同3の事実は否認し、根来ら指導員三名に過失があったとの主張は争う。

4  同4の事実は、原告さやかの入通院期間及び実通院日数については認め、その余は不知。

三  被告の主張

1  留守宅家庭児童育成事業について

留守宅家庭児童育成事業は通称「学童保育」といわれ、両親が共働き等のために十分な保育環境に恵まれない小学校低学年の児童(いわゆるカギッ子)を対象にして、非常勤嘱託の指導員を配置し、学校の空き教室や校内及び付近の公園等を利用して遊びを中心とする集団生活の場を提供することによって、これら児童の健全な育成を図ることを目的とするものである。

昭和四〇年頃から、大都市においていわゆる都市化傾向が著しくなって核家族化が進み、さらに一般企業による婦人労働者の雇用が活発化したことからいわゆる共稼ぎの世帯が増え、両親の労働時間中十分な保育が受けられないカギッ子が急増した。かかるカギッ子はその環境上種々の危険にさらされているのみならず情緒的な発育に大きな障害があることから、次第にその対策が社会問題として把握されるようになり、住民の強い要望により、全国の都市部を中心とした各地方公共団体において各種の留守宅家庭児童対策が行われるようになった。被告市では、自主事業として昭和四一年に留守宅家庭児童会事業を開始し、市内三七の小学校において直営の事業を推進し、父母の委託を受けて児童の育成に努めている。そして被告は児童の育成上その父母との日常的な繋がりを重視し、各学童保育学級で父母の代表及び指導員を中心に運営委員会を構成し、事業計画や日常の児童指導上の問題を協議し、かつ毎月一回全父母対象に父母懇談会を開催し、日々の連絡交換を進めながら父母と一体になって児童の健全育成に努めている。

2  本件事故状況について

本件事故当日は、その日の行動予定に基づき原告さやかを含む三三名の児童を指導員三名で近所の住友公園へ連れて行き、公園内の遊具であるジャングルジムやブランコ等で自由に遊ばせ、指導員らはそれぞれの遊具付近で児童らの動静を注意観察していた。そして児童らが大きく本件ブランコを押していたのを発見した大島指導員が「余り押したりしない、大きく揺すらない」等と注意をした。その後、更に数人の児童が本件ブランコの周辺に集まって来たため、根来指導員がついて三〇ないし四〇秒単位で本件ブランコに乗る児童を交替させるなどの指導・監督をし、ブランコは二、三年生の男子に押す役割を与え、一年生の女子に対しては押す役割を与えずブランコに近寄らせず、約1.5メートル前方の同指導員の傍に並ばせて順番を待たせ順次ブランコに乗せていた。ところで、原告さやかは、ブランコに乗せてもらってブランコから下りた後、あらかじめ根来指導員から順番待ちをするよう指示されていたのに根来指導員の右指示に従わず、根来指導員が、交替してブランコに乗った児童らがきちんと座っているか、手摺などにつかまっているかといった安全確認をしている間、根来指導員不知の間にブランコの後方に廻り、ブランコを押す役の三年生の男子の隣りに立ち、自分もブランコを押そうとした。当時、本件ブランコの下は水溜りが出来ており、原告さやかはその水溜りで靴を漏らさないようにとの配慮から爪先立ちで本件ブランコを押そうとしていた。そして、原告さやかがブランコを押した際、爪先立ちの不安定な状態であったことから、おそらく、ブランコを押して離れた際と考えられるが、バランスを崩して転倒し、戻ってきたブランコの下に巻き込まれるような状況で右大腿骨を骨折したものと推定される。

3  指導員の注意義務について

本件留守宅児童育成事業のような低学年児童の保育事業において、直接に児童の監視・監督を行う指導員が、児童の身体等に危害の生ずることのないようにその安全を配慮すべき義務を負担することは当然であるが、右注意義務の内容・程度は当該行為の具体的な状況下での諸事情を勘案し、当該行為の基礎である保育事業の性質目的等を考え併せたうえで、その状況下において、注意義務を期待することが合理的であると認められる範囲内に限られるべきである。そして、指導員が児童に遊戯をさせるに際しては、危険な器具を用いる遊戯や暴力を振るうような遊戯を禁止する等の監視・指導をすべきではあるが、当該遊戯が児童の性別・年齢・人数・当該場所の形状等からみて相当と認められる以上、殊更何らかの危険の発生を防止するために常に個々の児童一人一人の一挙手一投足にまで注意を払う義務はないというべきである。

本件の事故現場は児童公園という極めて安全な遊び場であり、原告さやかは乳幼児ではなく既に学齢に達しており、指導員の指示を理解し、その指示に従った行動をとる能力を有しており、本件遊具もブランコであり危険な遊具とはいえない。

しかるに原告さやかは、前記のとおり、根来指導員の指示に従わず、同指導員の目を盗んで本件ブランコを押すべくブランコの背後に廻り本件事故に遭遇したのであるから、本件事故の責任はすべて原告さやか自身にあるというべきであり、指導員は原告さやかの一挙手一投足に至るまで意を払うべき注意義務を負うものではないから、本件事故につき指導員に過失はない。

四  被告の主張に対する原告の認否

被告主張のうち、(1)は認め、本件事故時の状況及び指導員に過失がなかった旨の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一当事者関係等について

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  また留守宅家庭児童育成事業に関する被告の主張事実も当事者間に争いがなく、さらに<証拠>によると、被告は吹田市留守宅家庭児童育成室条例、同条例施行規則及び同運営要綱を制定し、これらの規定に基づいて各育成室に保母または教員の資格を有する者もしくは児童の育成について知識を有する者を指導員として配置し、入室児童の生活指導や安全管理に当らせていること。指導員は被告の非常勤職員として被告から定額の報酬を受け取っていること、被告は育成室に入室した児童の保護者から児童一人当り月額二五〇〇円の保育料を徴収していること、被告さやかの所属していた竹の子学級(正式名は吹田市立千一留守宅家庭児童育成室、以下、千一育成室という)は、本件事故当時原告さやかを含めて小学一年から三年までの児童四〇名を収容しており、本来ならば二名の指導員が配置されるところ、絶えず誰かが側に付き添っていなければならない障害児童が一名いたため、一名増員された三名の指導員で運営されていたことを認めることができる。

二本件事故状況について

原告さやかが本件ブランコに激突された事実は当事者間に争いがない。右争いがない事実、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件事故当日である昭和六〇年四月五日は、千里第一小学校が春休みであったため(新一年生である原告さやかは翌日同小学校の入学式を迎える予定であり、同年四月二日から千一育成室で指導を受けていた)、午前九時から指導が始まり、根来、大島及び藤原の三指導員は、昼食後、週間予定に従って、午後一時一五分頃出席児童三三名を引率して千里第一小学校から住友公園へ向った。

住友公園に到着後、指導員らは、各遊具に向って散りかけた児童らをいったん呼び集めて、公園外に行かない、笛が鳴れば帰る合図であるから集合すること等の注意を与えた後、公園内のジャングルジムや鉄棒、すべり台、ブランコ等の遊具を使って各自自由に遊ばせた。

2  本件ブランコは住友公園内に設置されている遊具で、その形状は別紙のとおりであり、座席後部背もたれの一番高いところで地上七五センチメートル、子供がブランコに座ると子供の頭が背もたれから出る程度であり、またブランコ座席底部と地面の間には二〇ないし三〇センチメートルの隙間がある。そしてブランコ座席には中央と両側に手摺が取り付けられており、中央手摺の左右に子供がそれぞれ三人座れる程度の幅がある。

3  本件ブランコには最初障害児を含めた四、五名の児童が乗って遊んでいたため、障害児に付き添っていた大島指導員と三年生の男子がブランコを押して揺らせていたが、右障害児が本件ブランコを離れて別の遊具の方へ走って行ったため、大島指導員もその後を追いかけ、根来指導員に「先程、ブランコを大きく揺らしていたので注意した」旨声をかけて、本件ブランコでの遊びの監視指導を根来指導員に引き継いだ。その後一〇名を超える児童(一、二年生の女子が多かった)が本件ブランコに乗るために集まって来たため、根来指導員は順番を決めて本件ブランコに六名ずつ乗せることにし、ブランコを押す役割を三年生の男子一、二名に任せ、ブランコに乗っている児童に囃し歌を歌わせて、三〇秒から四〇秒で歌が終わるとブランコを止めて交替させた。そしてその間根来指導員は、本件ブランコの向って左側の支持脚から約1.2ないし1.5メートル手前の地点に立って、ブランコを大きく揺らせすぎないように監視し、また揺れているブランコに児童が近づかないようにするため順番待ちの児童を自己の横に並ばせていた。

4  本件事故の直前、根来指導員は原告さやかが本件ブランコに乗り中央の手摺の横に座っているのを見たが、その後歌が終わって原告さやかは交替のためブランコを降りた。根来指導員は、並んで待っていた児童をブランコに乗せ、再び乗ることを希望する児童を自分の横に並ばせた後ブランコの後方に立っている三年生の男子児童一人にブランコを押すよう合図をしたが、その時点では原告さやかがブランコの背後に廻っていることに気付かなかった。

しかし次の瞬間根来指導員は、ブランコを押している男子児童の隣で原告さやかがすっと下に沈んでいくような感じで視界から消えるのを目撃し、あわてて「止めて」と言ってブランコに近づき、右男子児童と一緒にブランコを止めた。根来指導員がブランコの背後に廻ると、原告さやかは左足を伸ばし右足を内側にくの字に曲げた状態で仰向けに倒れており、原告さやかの靴は泥まみれで両膝にも土がついていたが大腿部は汚れていなかった。

5  原告さやかは直ちに救急車で梅林病院へ入院し、右大腿骨骨折の診断を受け、翌日市立吹田市民病院に転入院した。原告さやかの右負傷につき、原告佐和子は梅林病院の医師から、老人は折れやすいが原告さやかのような年齢の子供では交通事故等でかなりの衝撃が加わらないと起こらない怪我である旨の説明を受けた。

6  本件事故当日、本件ブランコの下の地面は水溜りになっており、その周囲もぬかるんでいた。また本件事故時に原告さやかが立っていた地点付近の地面には約二〇センチメートル四方の石が露出していた。

7  事故当時原告さやかは身長約一二〇センチメートルの活発な性格の子供であった。本件事故直後根来指導員が原告さやかを運んでその足を洗ってやろうとしたとき、原告さやかは「ママごめんなさい。ごめんなさい。」と言って泣き出した。さらに入院中の原告さやかを見舞った根来らに対し、原告さやかは「ブランコを押したかったが、ブランコの下が水溜りになっていたから、靴が濡れるとママから叱られるので爪先で立って押そうとした」旨話した。

以上のとおり認められる。なお、原告関根佐和子はその本人尋問において、根来指導員は原告さやかの側についていなかったのでどういう状態で事故が起こったのか分らなかった旨言ったとか、原告さやかの兄が当時現場に居合わせた友人から、原告さやかが怪我をしたとき根来指導員は本件ブランコからかなり離れた鉄棒の所で立ち話をしていて、止めなさいと言って走って来た旨聞いたなどと供述するが、右供述は前掲各証拠に照らしてにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の諸事実を総合して考えると、原告さやかは本件ブランコに乗って遊んでいるうちに自分もブランコを押してみたくなり、ブランコから降りると、根来指導員の横に並んで順番待ちをするようにとの同指導員の注意に従わずにブランコの後ろに廻ってブランコを押す役割の男子児童の横に立ち、同じようにしてブランコを押そうとしたが、当時ブランコの下側の地面がぬかるんでいたので、靴を汚して原告佐和子に叱られることを危惧して爪先立ちの不安定な姿勢で本件ブランコを押したために、そのはずみでバランスを失ったかあるいはぬかるみに足を取られるかして、揺り戻して来る本件ブランコを避けることができず、これに衝突されてその場に転倒し、大腿骨を骨折したものと認められる(本件事故)

三本件事故に関する指導員の過失の存否

前記のとおり、本件事故は公設公営の留守宅家庭児童育成事業に参加した児童の公園内でのブランコ遊び中に発生したものであるが、一般にかかる事業における指導員は、児童の遊戯に際して、危険な道具を用いる遊戯・暴力をふるうような遊戯を禁止する等の監視・指導をすべきことはもちろん、さらに、児童の性別・年齢・人数等及び当該遊戯場所の状況、遊戯の種類、遊戯に使用される道具の種類・形状等からみて、当該遊戯自体あるいは当該遊戯に付随して児童の身体等に危害の生ずることが予見できるような場合には、当該遊戯を禁止制限し、あるいは当該遊戯に付随して危険が生じないよう個々の児童の行動を十分監視・指導する義務があるというべきである。もっとも他方において、児童はかかる遊戯に参加することによって、そこから生じるかも知れない危険を察知し、これを回避するための知恵を身につけ、かつ社会生活における約束や規則の遵守の重要性を体得するとともに、社会生活上の自己の役割分担や行動の自制を自覚して行くのであり、かような遊戯の効用を全うするためには、ある程度遊戯を児童の自由な発想行動に任せ自主的に運営させていくことが必要であることは明らかである。したがって、かかる遊戯に関与する指導員の指導監督義務の範囲については、当該遊戯に予想される危険の内容程度及びその危険回避を児童の自律的判断に任せ得るか否かの観点から個々具体的に決すべきであると解するのが相当である。

そこで本件について検討するに、まず本件ブランコに乗って遊ぶこと自体から児童の身体等に危害が生じることは通常予見し得ないが、幼少の児童が本件ブランコの後方に廻ってブランコを押すことによって幼児とブランコとの衝突が生じる場合があることは容易に予見し得るのであり、本件のように六名の児童を乗せた場合ブランコの重量は相当なものになること、本件ブランコの形状から考えてその振幅もかなり大幅なものになり得ること等を考慮すると、幼少の児童が稼働中の本件ブランコと衝突することによって生じる結果が重大なものになる可能性は十分にあるというべきである。次に、原告さやかは就学年齢に達したとはいえ、入学式前の新一年生であり、いまだ知慮、判断力ともに不十分であることは明らかである。本件事故当時、本件ブランコに乗ろうと集まって来た一〇名程度の児童は原告さやかを含め一、二年生の女子がほとんどであったが、かような小学校低学年の児童ばかりが集まってブランコ遊びをする場合には、たとえ指導員が口頭でブランコ後方へ行かないよう注意していたとしても、ブランコを押している年長の児童の真似をして幼少の児童がブランコを押そうとブランコ後方に廻ることは十分予見し得るところであり、かつかかる幼少の児童は稼働中のブランコの近辺にいることの危険性をいまだ十分自覚するに至っていないものと考えられるから、ブランコとの衝突の危険回避を原告さやかの自律的判断に任せることはいまだ困難であったといえる。したがって、指導員としては、ブランコに乗る時以外はブランコに近寄らないよう口頭で注意を与えるのみならず、常にブランコの後方に幼少の児童が入り込んでいないことを確認した上で、ブランコを押す合図を出すべき注意義務があるというべきであり、指導員がブランコを押す合図を出す前にブランコ後方に幼少の児童が入り込んでいないことを確認する注意義務を尽してさえいれば本件ブランコとの衝突事故は未然に防ぎ得たのである。そして本件ブランコの高さは背もたれの一番高いところで地上七五センチメートルであって、子供がブランコに座っても頭が背もたれから出る程度であり、他方本件事故当時原告さやかの身長は約一二〇センチメートルあったから、本件ブランコの向って左側の支持脚から約1.2ないし1.5メートル手前の地点に立っていた根来指導員の位置からは、本件ブランコに乗っている児童の頭越しに原告さやかを視認することが十分可能であったと認められる。しかるに根来指導員はブランコの背後に廻った原告さやかに気が付かなかったというのであるから、同指導員はブランコの周囲の状況を一瞥する労を採ることなく漫然と男子児童にブランコを押す合図を出したと考える他なく、したがって根来指導員には本件事故について前記注意義務に違反した過失があるといわざるを得ない。

四被告の責任

以上のとおり、被告の公務員であると認められる根来指導員が、その公行政作用の一環としての職務上、過失により本件事故を発生させたのであるから、被告には本件事故につき国家賠償法一条一項所定の損害賠償責任があるといわなければならない。

五損害

1  原告さやかの損害

(一)  治療費 金二八八〇円

<証拠>によれば、市立吹田市民病院退院後も原告さやかが本件事故によって負った傷害の治療のため同病院に通院し、その治療費として金二八八〇円を支払った事実が認められ、これに反する証拠はない。

(二)  入院雑費 金八万六〇〇〇円

本件事故による傷害の治療のため原告さやかが昭和六〇年四月五日から同年六月二九日まで八六日間入院したことは当事者間に争いがなく、入院中一日当たり金一〇〇〇円の雑費を要したものと推定されるから、合計金八万六〇〇〇円が入院雑費として本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(三)  交通費 金八一〇〇円

<証拠>によれば、原告さやかの入院中(一時帰宅に際してのものと推認し得る)及び退院後の通院及び雨天時の通学に際してタクシーを使用し、その料金として金八一〇〇円を支払ったことが認められるが、原告さやかの受傷の程度及び症状からしてタクシーの使用が必要であったものといえるので、右タクシー料金は本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(四)  慰籍料 金一〇〇万円

原告さやかは、本件事故により約三か月間の入院治療及び約四か月間の通院治療を必要とする右大腿骨骨折の傷害を受け、右傷害は六歳の原告さやかにとって少なからぬ苦痛を与えたであろうことが推認され、その精神的苦痛に対する慰籍料としては金一〇〇万円が相当であると認める。

(五)  入院付添費及び通院付添費金三万五〇〇〇円

<証拠>によれば、原告佐和子が原告さやかの入院中、原告さやかに一日中付添ったのは、昭和六〇年四月六日から同月一三日までの内七日間であることが認められ、右期間は入院当初であり、原告さやかがまだ六歳の幼少者であることから、入院生活に慣れるまでは母たる原告佐和子の付添いを必要とし、他の者の付添いをもってこれに代えることはできなかったと認められる。したがって、右期間の入院付添費相当額の損害は原告佐和子の休業損害に相当する額をもって適当と認める。そして<証拠>によると、右期間中原告佐和子は原告さやかに付き添うために勤務先の会社を休業することを余儀なくされ、右休業補償相当額は一日当たり金五〇〇〇円をもって相当と認められるから、右期間の原告さやかの付添費相当損害額は金三万五〇〇〇円となる。なお、原告さやかは、右期間を超えて入院全期間の入院付添費の支払を求めているが、入院全期間にわたって近親者の付添いが必要であったことを認めるに足りる証拠も、現実に近親者が付き添ったことを認めるに足りる証拠も存しない。

(六)  通院付添費については、費用算定の根拠となる原告さやかの通院に近親者が付き添った事実を認めるに足る証拠がないので、これを認めることができない。

(七)  過失相殺

ところで前記認定のとおり、本件事故は原告さやかが根来指導員の指示に従わずに、勝手に本件ブランコの後方に廻り込み、年長児童の真似をして、しかも靴を汚さないようにと不安定な姿勢で自ら本件ブランコを押したことに起因するものであって、本件事故に関する根来指導員の指導監督上の注意義務違反は否定できないとしても、本件事故による損害の発生は主として原告さやかの重大な落ち度に基づくものであるということができる。したがって、本件の一切の事情を斟酌して原告さやかの過失割合を七割と認め、被告が原告さやかに対し負担すべき賠償額を右(一)ないし(五)の損害金合計一一三万一九八〇円の三割に当たる三三万九五九四円と定めるのが相当である。

(八)  損害の填補 一一万二一一三円

本件事故による傷害の治療は健康保険を使ったが、その自己負担分は被告が負担したのに自己負担分に対する高額医療費還付金を同原告が受領したことは同原告の自認するところであるから、同金額は同原告の右損害金から控除すべきである。

(九)  したがって、被告が原告さやかに賠償すべき損害金額は二二万七四八一円となる。

2  原告佐和子の損害

原告佐和子は原告さやかの入院等に付き添ったため、二六日間勤務先である株式会社ジャパンコスモを休職せざるを得なかったとして、右期間中の休業損害の賠償を求めているが、まず原告さやかの入院中これに付き添ったことによる休業損害は、原告さやかの入院付添費相当損害として算定したものと実質的経済的に全く同一でありかつこれに尽きるから、これと別個に原告佐和子の固有の損害として賠償請求することは許されず、また、その余の分については仮に原告佐和子が勤務先を欠勤したとしても、本件事故により原告佐和子が欠勤しなければならない事情を認めるに足りる証拠がないので、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。

六結論

以上の次第で、原告さやかの本訴請求は右損害金二二万七四八一円及びこれに対する本件事故発生の日より後である昭和六〇年一二月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、原告さやかのその余の請求及び原告佐和子の請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官庵前重和 裁判官富田守勝 裁判官西井和徒)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例